ここ数年、年末年始には必ず宿題があった。
人が休んでいる間に進めておくしかない、と机に向かってきたのだが…。
クリスチャンは初詣にはいかないが特例はあり
すると、数日間、人に会わない、靴も履かないから声も発しないという無人島漂流生活みたいな状況になる。
一人で過ごすことは特に問題ないが、2016年は「とにかく年末まで、年末まで完走したら、1日でも休みたい」という思いでやってきたので休むと決めた。
そんな折、友人が「年越しはうちでパジャマパーティーしない?」と申し出てくれ、それに乗っかることに。
パジャマを借り、唯一踊れる「東京五輪音頭」を
この1年友人A子さんと私にはいろんなことが起きたが、
「あれもこれも大みそかにね」
を合言葉にしてきたので、話すことは山ほどある。
忘れないように、議題の紙を作っていこうかと考えていたくらいなのだ。
ところが、夜に7時すぎに行ってびっくり。
二人だけの女子会かと思ったら、彼女の母とお嬢さんも在宅していたのだ。
え、二人はどこかに行っててAちゃん一人じゃなかったの?
講談社を見上げ「いつかはここから1冊」と誓う元旦
このあたり、私の勘違いからの思いこみの可能性が大アリなのだ。
最近、勘違いが多い。
いまだ深刻なトラブルに発展したことはないが、「あなた大丈夫?」と自分が心配になる。
もしかしたら若年性認知症かもしれないよ。
自家製天ぷらの年越しそばは初めて
でも、
・フリース生地のパジャマを借り、
・オードブルとシャンパンで紅白歌合戦をだらだら全部見る
・母揚げたての天ぷらがのった年越しそばをいただく
・アラフィフ二人で同じふとんに寝る
・朝からお雑煮や数の子をいただく
・ちびっこにお年玉をあげる
・近所の護国寺を訪れる
…これみなすべて、日本の正しいお正月の過ごし方だ。
お雑煮も久しぶりだー
食べ続けすぎてお腹がもたれている感じだが、”お腹いっぱい”や”満腹”とは違い、”もたれる”感じはお餅でないと得られない感覚だ。
雑誌で見るおせち料理とは違い、本当に家庭の味というか…。
友人母にお店レベルのサンドイッチを持たせてもらう
そうだ、餅自体もう何年も買ってないから、食べてもいなかった。
育った家庭にそういう風習がないわけではなく、20代の頃は料理学校に行っていたので、結構本格的なおせちを作っていた。
「くまで」がお寺で買えるとは! 「こどもみくじ」もあるよ
結婚したら、どんな家でおせちをつくることになるのかな?と、ふわふわしたことを考えたりしていたが、「作らない」という未来が待っていたとはね。
実際に作っていたのだから、作る気になれば作れるのだ。
ただ、食べさせる誰かがいないと、さすがに作る気は起こらない。
来年あたり、どかーんと作って、だれかを招いてみようかね。
何はともあれ、
2017年もどうぞよろしくお願いします。
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