今日もまた予定の連載を休んで、今日の話題を。
皆さんは,2011年3月11日午後2時46分
どこで、誰と、何をしていましたか?
私は日本テレビ6階の女子ロッカールームに、キャスターの丸岡いずみさん、彼女の女性スタイリストといた。
私は上京していた母を羽田に送って普段より30分ほど早くその場にいた。丸岡さんは翌週の衣装合わせをしていたのだ。これまで私たちが経験したことがない揺れが私たちを襲い、3人ともスチールのロッカーにしがみつき、姿勢を低くしていた。
揺れが止まると、丸岡さんは「私行かなきゃ…」と、1階下の報道フロアに飛び出していき、ニュースのブースから地震の第一報を報じた。そして、その後8月から彼女の姿はテレビから姿を消した。
向こうはどう思われているかわからないが、私にとって丸岡さんは昼前の「ストレイトニュース」の時代から毎日顔を合わせ、最も親しくしてもらった女性局員(正社員)さんだ。あの地震を一緒に過ごした人の行方が分からなくなって心配でない人などいるだろうか。
私は2度ほど携帯にメールを出した。返事が来て生きていることを確認できて一安心した。その後は、皆さんと同じく、写真誌などで消息を知るのみだった。その後、今年の結婚披露パーティーの高砂の席で一言だけ言葉を交わしたが、いなくなっていた間どうしていたのか会って話す機会もなかった。
今週地下鉄の中吊りで「丸岡いずみ 衝撃告白」の見出しを見つけたので、週刊文春を買ってみた。
ダンスの帰りに最寄りのコンビニで即ゲット
ページの最後は今日9月20日に
「仕事休んでうつ地獄に行ってきた」 (主婦と生活社)
という本が刊行されると結ばれていた。
「丸岡さんがいなかった間のことを知るために本を買います」と連絡したら、「ぜひ買ってください」と返事も来た。私は必ず買うが、皆さんにも手に取ってもらいたく、ここにご紹介するものだ。
昨19日は彼女がキャスターを務めていた「ミヤネ屋」でも、本人登場の上、大々的にPRされているのを、外のカフェで偶然見た。週刊誌にテレビでこれだけ紹介されたら10万部は堅いだろう。彼女に同じく私も
これだけ特集されれば売れないわけがない
“私だけはうつ病にならない”と考えてきた。でも、“もしかかったら、手記を残して書籍にするか、テレビのドキュメンタリーに追ってもらう”と言ってひんしゅくをかったものだ。二人とも転んでもタダでは起きない。
文春より詳しい内容
二人とも取材経験者だ。これを記録して誰かに伝えなければという思いが根底にあるのだ。会社を辞めようとも体に染みついたものは抜けることがない。
もしかして発売前日でも書店に並んでいるかも?と昨日思って寄ってみたが、なかったので私も今日これから書店に行くつもりだ。
皆さんもぜひ手に取ってください。
今日の広島弁トランプは「(スペード)…の7」
おらぶ→叫ぶ
用例 / そうようにおらばんでもええじゃろ
プレゼン・コンシェルジュNOVOの辛口web日記は
ただいま【3106号】